#ジャンル:ファンタジー
#トーン:心温まる
#登場人物:魔女
森の奥深く、ひっそりと佇む小さなパン屋があった。そこには、焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂い、暖かい光が窓からこぼれている。店の名は「ル・プティ・マジック」――小さな魔法という意味のその名の通り、この店のパンにはほんの少し、不思議な魔法がかかっていた。
店主のリリィは、まだ見習いの魔女だった。魔法使いとしての大きな力は持たないが、パンを焼くことだけは誰よりも得意だった。そして、彼女のパンには、訪れた人の心をそっと癒す、小さな魔法が宿っていた。
たとえば、ある日やってきた旅人には――
「ずっと旅を続けているのに、どうしても心が落ち着かなくて……」
そう話す青年に、リリィはほんのり甘いミルクハニーのパンを渡した。温かくて、優しくて、ふわふわのパン。
「このパンを食べれば、懐かしい家の味を思い出せるかもしれませんよ」
青年は一口食べて、ふっと目を丸くした。
「……母さんが作ってくれたパンにそっくりだ」
懐かしい味が心をほどき、彼は穏やかな顔で店を後にした。
またある日、村の少女が泣きながら訪れた。
「お母さんと喧嘩しちゃったの……!」
そんな彼女には、リリィはハート型のチョコパンを手渡した。
「これはね、”ごめんなさい”の気持ちが伝わるパンなの」
少女はそのパンを大事に抱え、家へと駆けていった。そして後日、嬉しそうに「お母さんと仲直りできた!」と報告に来てくれた。
こうしてリリィのパンは、いつも誰かの心をそっと癒していた。
***
ある日のこと――リリィは、店の前に立つ少女を見て驚いた。
「……あなたは」
そこにいたのは、一年前に助けた少女、エマだった。病に伏せていた彼女に、リリィはそっとハーブ入りの特製パンを渡したのだった。パンに込められた魔法の力と、エマの強い意志のおかげで、彼女は元気を取り戻した。
「今度は私が恩返しをする番です!」
エマはそう言って、エプロンをつけた。
最初はパン作りを失敗ばかりしていたが、何度も練習し、次第に美味しいパンを焼けるようになった。そしていつしか、リリィとエマは並んでパンを作ることが当たり前になっていた。
「この店の魔法は、パンの味だけじゃないんですね」
エマが微笑みながら言う。
「え?」
「リリィさんがいるだけで、みんな笑顔になれるんです」
リリィは驚いたが、ふっと笑った。
「それなら、あなたも魔法使いの一員ね」
ふたりは顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。
森の奥の小さなパン屋は、今日も焼きたての香ばしい匂いと、温かな魔法に包まれていた。