#ジャンル:ミステリー
#トーン:緊張感
#登場人物:大学生
標高千メートルを超える山の奥にあるキャンプ場。その夜、大学の友人五人組は、焚き火を囲みながらビールを片手に語り合っていた。日が落ち、辺りは深い闇に包まれている。
「このキャンプ場、昔遭難事故があったらしいぜ」
そう言ったのは、グループの中でも特に怖い話が好きな杉本だった。
「やめろって、そういうの」
苦笑いしながらも、千夏が身を縮こまらせる。彼女は怖がりだった。
ランタンの淡い光が、彼らを静かに照らしていた。風が葉を揺らし、火の粉がふわりと舞い上がる。
──そのときだった。
突如、叫び声が響き渡った。
「うわああああっ!」
同時に、周囲のランタンが一斉に消えた。
「な、なんだ?」
「誰の声だ?」
パニックになった彼らは、手探りでスマホのライトを点ける。焚き火だけがぼんやりと周囲を照らしていた。
「おい、健太がいない!」
声の主だった健太の姿が消えていた。
夜が明けると、彼らはすぐに警察を呼んだ。だが、残されていたのは不可解な痕跡ばかりだった。
テントの周りには、泥まみれの足跡。それはまるでどこかから這い出てきたかのように、不自然に並んでいる。そして、焚き火の中には、健太の腕時計が溶けかけた状態で埋まっていた。
「これ……健太のだよな」
友人たちは言葉を失った。
警察の捜索が始まったが、健太の姿は見つからない。やがて、仲間たちの間には疑心暗鬼が広がり始めた。
「昨日の夜、誰かランタンを消したんじゃないか?」
「俺たちを驚かせるために、健太が仕掛けたんじゃ……」
「でも、健太の腕時計が焚き火に……そんなこと、自分でやるか?」
疑念が膨らむ中、杉本がふと呟いた。
「……なあ、昨日の足跡、よく見たか?」
「え?」
「あの足跡、全部、こっちに向かってきてたよな」
その言葉に、全員の背筋が凍りついた。
そう、足跡は出て行くものではなく、どこからか”入ってきた”ものだった。
沈黙が流れた。誰も口を開けない。
「……ここに、”誰か”いたってことか?」
誰とも知れぬ”何か”が、夜の闇に紛れて近づいていたのではないか。そして、健太は……。
再び沈黙が落ちる。鳥の鳴き声が、静寂を破るように響いた。
そんなときだった。
テントの奥から、水の滴る音が聞こえた。
「……なんだ?」
恐る恐るライトを向けると、テントの端に黒い染みが広がっているのが見えた。それは水のように見えたが、どこか泥臭い異様な匂いを放っていた。
すると、杉本が震える声で叫んだ。
「おい……これ、血だ……」
その瞬間、テントの外からかすかな音がした。
ざり……ざり……
まるで誰かが地面を這うような音だった。
「ま、まさか……」
全員が息を呑む中、テントの入り口のジッパーがゆっくりと下がり始めた。
そこに立っていたのは──
健太だった。
だが、彼は尋常ではなかった。全身が泥にまみれ、濡れた髪が顔に張り付いている。目は焦点が合わず、唇は青白い。
「おい、健太……?」
声をかけると、健太はぎこちなく口を開いた。
「……さむい……」
次の瞬間、彼はがくりと膝をついた。そして、ゆっくりと、顔を上げる。
その目の奥には、この世のものではない”何か”が宿っていた。
「助けて……」
それが、健太が発した最後の言葉だった。
彼の身体は、まるで糸が切れたかのように地面に倒れ、そのまま動かなくなった。
彼の口元には、泥と……誰かの手の跡のような痕が残されていた。