交差点の証言者

ミステリー

#ジャンル:ミステリー
#トーン:緊張感
#登場人物:新聞記者

午前二時過ぎ、霧の立ち込めた交差点。若手新聞記者の佐倉悠は、仕事帰りに偶然その現場に出くわした。パトカーの赤い光が揺れる中、アスファルトには血の跡。ひき逃げ事故と聞いて、記者としての本能が動いた。

「被害者は二十代の男性、意識不明で搬送。目撃者の証言によれば、黒いセダンが信号無視で突っ込んできたそうです」

警官の簡単な説明に、悠は違和感を覚えた。事故が起きたのは、監視カメラがちょうど映らない交差点の角。しかも、証言はひとつきり。酔っていたという年配男性の証言には不確かな部分が多かった。

現場を何度も歩き、悠は被害者が事故直前に歩道ではなく、わざわざ中央分離帯に立っていたことを知る。なぜ、そんな危険な場所に? さらに調べを進めると、被害者は数日前から不審な行動をとっていたという情報が浮かび上がった。

被害者は元警察官で、ある内部告発を準備していたらしい。内容は、警察と地元企業の癒着。だが、その告発書はまだ発見されていない。悠は気づいた。これは単なる事故ではない。偶然のように見せかけた、計画的な殺意――。

悠は関係者を探り、被害者の友人が「事故の前夜、彼は“消されるかもしれない”と呟いていた」と証言するのを聞き出した。そして事件当夜、交差点の隣のビルの非常階段から事故現場を撮影した動画が匿名で送られてきた。

動画には、黒いセダンが突っ込む直前、被害者が誰かに押し出される様子が映っていた。しかも、その押した男は、地元企業の役員で、元警察の上層部と繋がりがあった人物。

記事は翌朝、スクープとして紙面を飾った。警察は当初否定したが、世論の高まりと共に再捜査が開始される。真実は交差点の霧の中にあったが、それを見た証言者は確かにいた。

数ヶ月後、被害者は意識を取り戻し、かすれた声で語った。

「彼は…“正義なんか、意味ない”って笑ってた」

その言葉を聞いた悠は、記者ノートを握りしめた。真実を伝えること。それが、霧の向こうに手を伸ばせる唯一の手段だと、あの夜から信じている。