四畳半リセットライフ

日常

#ジャンル:日常
#トーン:温かい
#登場人物:漫画家

目覚ましは鳴らない。締切も、打ち合わせも、もうないからだ。岡村は四畳半の布団の中で天井を見つめた。連載は打ち切り、単行本も出ず、家賃は滞納気味。それでも、漫画家をやめようとは思えなかった。

狭い部屋の一角に置かれた小さな机には、無数のアイデアメモが散らかっている。が、それらはどれも途中で力尽きたように未完成。描いては捨て、描いてはため息をつく日々。

「……腹減ったな」

財布を確認する。小銭数枚とレシート。岡村はパーカーを羽織り、近所のコンビニへと足を運ぶ。夜勤のバイトにも応募したが、レジ打ちでミスを連発し、即日解雇されたばかりだ。

ドアが開くと、ピンと背筋の伸びた店員が「いらっしゃいませ」と声をかけた。あの子だった。黒縁メガネに地味な制服。決して派手ではないが、笑顔だけは妙に印象に残る。

「またカップ麺ですか? ちゃんと野菜、食べてくださいね」

その一言に、岡村はなぜか胸を突かれる。誰かに気にかけられたのは、いつ以来だろう。適当に相槌を打ち、湯を入れ、帰り道をとぼとぼと歩く。

部屋に戻り、窓を開ける。四畳半の空気に、ほんの少しだけ外の風が混ざる。ふと、あの子の笑顔が頭に浮かぶ。

「……そうか」

岡村は急いでスケッチブックを開いた。思いついたのは、コンビニで働く不器用な少女と、人生にくたびれた元漫画家の、奇妙な交流を描く物語。フィクションだけれど、少しだけ本当のこと。

ペンを握る手が、久しぶりに走った。誰にも期待されていない今だからこそ、描けるものがある。何度でも、ここから始めればいい。

数週間後、新人賞に応募したその読み切りが編集者の目に留まった。

「君、もっと描けるよ。何か持ってる」

そう言われた岡村は、電話を切ったあともしばらく動けなかった。

その夜、またカップ麺を買いに行くと、例の店員がにこっと笑って言った。

「なんだか顔が明るいですね」

岡村は少し照れながら、答えた。

「うん、ちょっとだけ、いいことあった」

四畳半の部屋にはまだ夢の残骸が転がっている。でも、今はそれを拾い集める気力がある。少しずつでいい。ここが、リセットじゃなく、スタートラインなんだ。