#ジャンル:日常
#トーン:青春
#登場人物:学生
朝七時五十五分。駅から学校への道の途中にあるコンビニが、ユウとサキの集合場所だった。サキはホットミルクティー、ユウはメロンパンを買うのが定番で、それを持って、学校近くの図書館のベンチでしばらく過ごす。時間にして十五分ほど。だけど、二人にとっては、毎朝の「特別」だった。
「今日、英語の単語テストあるよね。覚えてる?」
「え? 今日だったっけ?」
サキが大袈裟に目を見開き、ユウは笑いながらメロンパンをちぎって渡す。「糖分で記憶力上がるらしいよ」なんて言いながら、サキはパンを受け取る。何気ないやり取りが、まるで昨日からの続きみたいに自然だった。
図書館前のベンチは、街路樹に囲まれていて、朝の光がちらちらと葉の隙間から差し込む。静かで、風の音と鳥の声がちょうどいいBGMになる。制服姿のまま、肩を並べて座る二人の間には、無理に言葉を探さなくてもいい空気が流れていた。
「さ、今日も行くか」
サキが立ち上がり、ユウもそれに続く。登校のベルが鳴る前に、図書館前から学校までの道を歩くのも、決まったルートだった。特別なことなんて、たしかに起きない。ただ、たまにサキが言う。
「ね、こういう時間って、きっと将来思い出すんだろうね」
「そうかもな」
ユウは短く答えながらも、心の中では少しだけドキッとしていた。特別じゃない毎日が、彼にとっては十分すぎるほど特別だったから。
ある朝、コンビニに着いたユウは、サキがいないことに気づいた。いつもは彼女のほうが早い。何度かスマホを確認するが、通知はない。何かあったのかと心配しかけたそのとき、背後から声がした。
「ごめん、財布忘れて家戻ってた」
息を切らして駆け寄ってきたサキが、少し恥ずかしそうに笑う。ユウはほっとしながら、そっと自分のメロンパンを差し出した。
「ほら、今日は半分こ」
「……ありがと」
それだけのことで、いつもの朝が少しだけ特別になる。図書館前のベンチに座ると、サキがふと、手帳を取り出した。小さな文字で「今日の良かったこと」と書かれている。
「こういうの、ちょっと恥ずかしいけど、やってみようかなって」
ユウは何も言わずに頷き、自分のページにもそっと書いてみる。「コンビニあと、図書館まえ。今日も、となりにいたこと」。
そんなふうにして、ささやかな日々が、記憶の中で静かに光を増していく。