#ジャンル:ドラマ
#トーン:切ない
#登場人物:路上ミュージシャン
夜の街角、コンビニの明かりが滲む歩道の隅で、カナタは静かにギターを鳴らしていた。足元には開いたギターケース。人通りの多い通りに音が溶けていく。澄んだブルースの旋律は、通り過ぎる人々の耳にかすかに残るだけだった。
「聴く人の心に残る一曲を――」
その想いだけが、彼をこの場所に立たせていた。
プロを目指していた頃、カナタには仲間がいた。夢に浮かれた日々、レコーディング、オーディション、希望と挫折。そして、ある晩の事故がすべてを変えた。相棒のアサヒが突然この世を去ったあの日以来、カナタはギター以外の音を拒んだ。バンドも、夢も、未来も手放して、彼はただ路上で弾き続けている。
春の夜。ふと気配に気づき顔を上げると、制服姿の少女が立ち尽くしていた。長い黒髪を風に揺らし、カナタの演奏に目を伏せていた。その目から、一筋の涙が頬を伝うのを、彼は見逃さなかった。
彼女は何も言わず、演奏が終わる前に静かに去っていった。
次の日も、その次の日も、カナタは同じ場所に立った。彼女がまた来る気がして仕方なかった。そして三日目の夜、ようやく彼女は姿を現した。カナタはギターを止め、声をかける。
「昨日の……君だよな」
少女は戸惑いながらも頷いた。
「あなたの演奏、亡くなった父にそっくりだったんです。ギターが趣味で、毎晩弾いてて。最後に聴いた曲も……あのブルースでした」
少女の名前はミオ。高校三年生。半年前、病気で父を亡くした。彼の弾くブルースは、家族の思い出の音だったという。
その話を聞いて、カナタの胸の奥がざわついた。自分が失ったもの、自分が拒んできた過去と、ミオの言葉が重なっていく。
「俺の曲が、君のお父さんの記憶と重なったってことは……俺の中にも、まだ誰かとつながる音が残ってるんだな」
彼はその夜、久しぶりにペンを取り、新しい曲を書いた。過去と向き合い、失った友と父、出会った少女、そして今の自分に捧げるブルース。
タイトルは《ラストノート・ブルース》。
それは、終わりのようで始まりの歌だった。
数日後の夜、カナタはいつもの街角で演奏を始めた。ミオも来ていた。少しずつ人が立ち止まり、耳を傾けていく。音が、通りの空気を変える。
「これは、俺の“最後の音”だ。君の記憶と、俺の願いを重ねて、ここに残す」
カナタがそう言い、弦を弾いた瞬間、風が静かに街を撫でた。
ミオはそっと涙を拭き、微笑んだ。
音が終わっても、そこには確かな温もりが残っていた。