#ジャンル:日常
#トーン:切ない
#登場人物:幼稚園児
午後三時、団地の向かいの公園にある砂場。そこに、毎日きっかりの時間に小さな男の子が姿を見せる。名前はユウト、幼稚園の年中組。お気に入りの青いスコップを手に、誰よりも真剣な顔で砂と向き合う。
そこに現れる、もう一人の子がいた。
ふわふわの長い髪を結んだ、赤いワンピースの女の子。ミナという名前で、ユウトと同じ幼稚園に通っていたが、クラスは別だった。
きっかけは、ユウトが一人で作っていた砂のお城を、ミナが「かわいい」と褒めたことだった。
「ねぇ、二人で作ったらもっとすごいの作れるかも!」
そう言ったミナの目がキラキラしていて、ユウトは少しだけ照れながら頷いた。
それからというもの、彼らは毎日、午後三時に公園で「砂のお城作り」に励んだ。バケツで塔を作り、小枝を旗にし、石で道を描く。城の名前も、彼らの小さな世界では重要な議題だった。
「今日のお城は“プリンセス・ドーナツ城”ね!」
「じゃあ、王様はオレ!」
「えー、じゃあわたし、ドラゴンになる!」
そんなやりとりが、公園の陽だまりの中に続いていた。二人には「ルール」もあった。お城は毎回壊して帰ること、秘密の“宝石”は誰にも見せないこと、最後の仕上げは必ず一緒にやること。
それは彼らなりの、小さな契約であり、友情のかたちだった。
ところがある日、午後三時になってもミナは現れなかった。
ユウトは砂場に一人で座り、スコップを握りしめた。時計の針が進んでも、影が伸びても、ミナの姿は見えない。
「きっと、今日は用事があるんだ」
そう自分に言い聞かせて、次の日も、そのまた次の日も、ユウトは砂場に通った。
だが、ミナはもう現れなかった。
一週間が過ぎたある日、ユウトはふと思い立つ。
「最後のお城を作らなきゃ」
ルールに従って、きちんと“最後”を作る。それが、ミナとの約束だと思った。
その日、ユウトはいつもより大きなバケツと、いろんな色の石を持って公園に来た。砂を丁寧に積み上げ、塔を高くし、城壁を二重にして、これまでで一番立派なお城を作った。
途中、年上の子どもたちが通りすがりに笑っていった。
「まだ砂場遊びかよ」
でもユウトは、気にしなかった。これは大事な約束だから。
そして完成したとき、彼はそっと小さな穴を掘り、ポケットからビー玉を取り出した。ミナと初めて出会った日に、彼女が「宝石みたい」と言った、あの青いビー玉だった。
それを城の中心に埋め、静かに手を合わせた。
「ミナ、来てくれてありがとう」
その瞬間、そよ風が吹き、城の塔が一つ、すっと崩れた。まるで、見えない誰かが「ありがとう」と言ってくれたように思えた。
それきり、ユウトは砂場に通うのをやめた。
でも、彼の中には“サンドキャッスルの約束”がいつまでも残っていた。大切な誰かと出会い、一緒に何かを作り、ちゃんと終わらせることの意味。
季節が過ぎ、彼が大人になったとき。
偶然通りがかったあの公園の砂場で、小さな子どもたちが夢中で城を作っていた。
ユウトは、微笑んだ。
「また、誰かの物語が始まるんだな」