#ジャンル:ドラマ
#トーン:感動的
#登場人物:店員
国道沿いの高速道路サービスエリア、時刻は午前二時。深夜の売店には、自動ドアの開閉音と、飲料棚の冷気が流れる音しかなかった。
店員のハルカは、今日もまた夜勤のカウンターに立っていた。都会の灯から遠く離れたこの場所には、深夜にもかかわらず、ちらほらとトラックや夜行ドライバーが立ち寄る。だが、その中で彼女が毎週決まった時間に来る客を、密かに気にかけていた。
黒い大型トラック。無口な男。いつも缶コーヒーをひとつ買って、店の外のベンチに腰を下ろす。名前も知らない。彼は、ハルカがこの仕事に就いた初日から、変わらぬ様子で現れ続けていた。
「いつもありがとうございます」
それが、彼にかけた最初の言葉だった。男はわずかに頷き、缶を掲げるようにして去った。
それ以来、毎週木曜の深夜、同じやりとりが繰り返されていた。
ある晩、外はひどい雨だった。客足も少なく、売店にはハルカひとり。閉店前の点検をしていると、自動ドアが開いた。
「こんばんは」
入ってきたのは、あのトラック運転手だった。ずぶ濡れのレインコート、変わらぬ無表情。そして缶コーヒーを手に、いつものようにベンチへ向かおうとしたその時、彼の足がふらりと揺れた。
「……大丈夫ですか?」
思わず声をかけたハルカに、男は静かに頷いた。
「……ちょっと、熱があってね」
「それなら……少し、休んでいきませんか?」
彼はしばらく黙っていたが、やがて売店の奥にある休憩スペースの椅子に腰を下ろした。ハルカはポットで温めたお茶を差し出し、彼の隣に座った。
「名前、聞いてもいいですか?」
「ユウスケ」
「ハルカです。……ここで、働いてます」
「知ってる。三ヶ月前から、だろ」
少しだけ、笑い合った。
静かな時間が流れたあと、ユウスケがぽつりと語り始めた。
「……前は、この道を妻と一緒に走ってた。俺が運転して、彼女が助手席で歌って。くだらない話ばかりしてたよ」
ハルカは言葉を飲んだ。彼の声には、深い夜の色があった。
「彼女、病気で亡くなってな。もう、話せる相手もいない。でも、この道を走るたび、どこかにまだ彼女がいるような気がして」
「……この場所に、来るのも?」
「ここが、彼女の好きだった場所だったから」
ハルカは手の中のカップを握り締めた。
「わたしも……失ったものがある。音楽、歌うこと。事故で声を失いかけて、もうステージに立てなくなった」
言って、彼女は苦笑した。
「この場所に来る人って、何かを抱えてるんですね。置いていったり、拾ったり」
「そうかもしれないな。サービスエリアってのは、旅の途中に立ち寄る“間の場所”だからな」
雨音が止み、夜明けが近づく気配がした。
ハルカは意を決して言った。
「もし、よければ……来週の木曜、この時間。もう一度、ここで会えますか?」
ユウスケは一瞬だけ、何かを思うように遠くを見て、それから静かに頷いた。
「……来るよ」
それが、告白だった。言葉にしなくても、確かに届いた約束だった。
空が白み始め、彼は再びトラックに戻った。エンジン音と共に、ゆっくりと走り去っていく。
ハルカは、窓の外を見つめながらつぶやいた。
「またね、ユウスケさん」
夜が終わり、サービスエリアの朝が始まる。
一夜限りのブルースは、誰にも気づかれないまま、確かに奏でられていた。