#ジャンル:恋愛
#トーン:ダーク
#登場人物:画家
雨が降り続く黄昏、画家の悠人は街角で古ぼけた鏡を拾った。その鏡は奇妙な光沢を放ち、彼を引き寄せるように置かれていた。部屋に持ち帰り、埃を払うと、鏡の中に青い瞳を持つ少女が映っていた。彼女は小さく微笑み、囁くようにこう言った。
「やっと見つけたわ、私を覚えている?」
悠人は驚きと戸惑いに包まれたが、どこかで彼女を知っているような気がした。会話を重ねるうちに、彼女が鏡に閉じ込められた魂であることを知る。彼女の名はエリカ。かつてこの地に住み、若くして命を落としたという。悠人は次第に彼女の魅力に心を奪われ、毎晩のように鏡の前に座って彼女と話すようになった。
「私はもうずっと、ここで一人ぼっちだったの」
「君を助ける方法があるなら、何だってする」
そう誓った悠人に、エリカは微笑んだ。そして彼女は、自分が現世に戻るためには条件があることを明かした。悠人が描く絵に、彼女の姿を完璧に写し取ること。それを成し遂げれば、彼女は鏡を抜け出せるという。
悠人はすぐに筆を取り、キャンバスにエリカを描き始めた。しかし、どれだけ精密に描いても、彼女の笑顔を完全に表現することはできなかった。鏡の中で彼女が囁く。「もう少しよ、私をもっと見て……もっと私を感じて……」
その囁きは次第に悠人の心を縛り、彼は昼夜を問わず絵に取り憑かれた。友人も仕事も放り出し、ただ彼女のために描き続ける日々。やがて彼の心に疑念が生まれた。このまま彼女を救うことができるのだろうか。そして、もし救えたとして、彼女は本当に彼と一緒にいられるのか?
ある晩、エリカが涙を浮かべて言った。「ごめんなさい、悠人。あなたにこんなに苦しんでほしくなかったの。でも……私を置いていかないで」
その言葉に悠人は決意した。彼女を救うためには、命を賭けても構わない。翌朝、彼は最後の一筆を入れ、完成した絵を鏡の前に掲げた。すると、鏡は淡い青い光を放ち、エリカの姿が現実の世界に浮かび上がるかのように見えた。だがその瞬間、悠人の視界は暗闇に覆われた。
目を覚ますと、鏡の中に悠人自身が映っていた。そしてその隣には、青い瞳で涙を流すエリカが佇んでいる。彼は全てを悟った。自分が彼女を救う代わりに、鏡の中に囚われたのだ。
「悠人、ありがとう。私はあなたを決して忘れない」
エリカは現実に帰還し、静かに悠人の描いた絵を抱きしめた。鏡に映る彼の微笑みは、永遠に消えることはなかった。