地球最後の夜、星間特急「アルクトゥルス」は発車した。
腐敗した大気、干上がった海、崩壊した都市――かつて青く輝いた星は、今や滅びの音を立てていた。人々は次々と脱出船に乗り、新たな居住星を目指したが、どうしても地球を離れられなかった者たちのために、特別な列車が用意された。
「アルクトゥルス」は、最後の旅客たちを乗せ、銀河を翔ける。終着地は、未知の星域「エデン・アルファ」。そこには、まだ誰も足を踏み入れたことがない。
列車の操縦席に座るのは、パイロットのエレナだった。
かつて、宇宙開発局のテストパイロットだった彼女は、事故で家族を失い、その後遺症で宇宙からも地上からも遠ざかっていた。しかし、地球が終わるとき、彼女はもう一度“操縦桿を握る”決意をしたのだった。
「お客様、次の停車星系はヴェガ・ベータです」
人工音声のアナウンスが流れる。列車の中では、乗客たちが静かに支度をしていた。
一人、また一人。各星系に降り立つ彼らは、新たな生活を始めるために選ばれた者たちだった。科学者、農夫、音楽家、子どもたち。
エレナは操縦席から彼らの姿を見送りながら、どこか胸の奥に空白を感じていた。
――私はどこへ行くのだろう?
列車は銀河の大河を滑るように進む。
ハープ星団では、音楽家の老人が涙を流しながら歌い、ケフェウス雲の小惑星帯では、家族連れが手を繋いで船を降りた。
そして、ふとした瞬間、エレナは懐かしい顔を見た気がした。
妹のリアナに、似ていた。
「……リアナ?」
だが、次の瞬間、幻はかき消えた。リアナはもういない。あの日、エレナが操縦していた船の事故で、すべてを失ったのだ。
彼女は自分を許せないまま、ここまで来た。
「次の停車星系は、エデン・アルファです」
列車は、旅の終わりへと向かう。
操縦席の窓から見えるのは、まだ名もない新しい星。青と緑に輝き、どこか懐かしい色をしていた。
列車が大気圏に突入する。光の海を割り、雲を突き抜け、ゆっくりと星の表面へと降りていく。
着陸完了。
エレナは席を立ち、乗客たちに出口を案内した。だが、最後尾の車両には、誰もいなかった。
「……?」
不思議に思いながら、彼女は車両のドアを開けた。
そこには、広がる花畑と、静かな湖があった。そして、湖のほとりに、誰かが立っていた。
銀色の髪をなびかせた少女。見覚えのある笑顔。
「エレナ、おかえり」
リアナだった。
「ここは、選ばれた者だけがたどり着く場所。過去を赦し、未来を歩むための星」
エレナは、膝から崩れ落ちた。
「ごめん……ごめん、リアナ……!」
妹は何も言わず、ただ優しくエレナを抱きしめた。風が吹き抜け、花々がざわめく。
涙が頬を伝う。
長い長い旅の終わりに、エレナはようやく、自分を許すことができたのだった。
その日から、エレナはこの新しい星で生き始めた。小さな家を建て、湖のほとりで花を育て、時折、列車の夢を見る。
「アルクトゥルス」は、今もどこか銀河を走っているのだろう。
すべての旅人に、終着の光を届けるために。