#ジャンル:SF
#トーン:ノスタルジック
#登場人物:高校生
その日、街は止まった。
夏の午後、太陽が空の頂点でじっと動かない。時計も、電車も、そして風すら止まった。停電が起きたことを知らせるラジオは静まり返り、どこか異世界に迷い込んだような感覚が漂う。街は静まり返り、誰も外に出ていないようだった。
高校生の翔太は、自室の窓から見える商店街をぼんやりと眺めていた。普段は賑わう道に人影はなく、時計の針は午後2時を指したまま微動だにしない。異変に気づいた翔太は、散歩がてら外に出ることにした。
どこへ行っても静寂が支配していた。商店街を歩き、閉ざされたシャッターや路上に投げ出された新聞を見るうちに、不安が胸を締め付ける。ふと、駅裏にある路地へと足が向いた。そこには「幻の図書館」があるという噂があったが、誰もその存在を確認した者はいなかった。
古びた木製の扉を見つけた翔太は、そっと手をかけた。扉の向こうには時間が止まった世界とは異なる光景が広がっていた。無数の本棚が並び、温かい光が室内を包んでいる。中央には古い時計を持つ老人が座っていた。
「ここに来るとは思わなかったよ」と老人は微笑んだ。
「ここは一体……?」と翔太が尋ねると、老人は静かに時計を指さした。
「この時計が止まっている間、君の街も止まったままだ。でも、これを動かすには失ったものを取り戻さねばならない」
机には一冊の本が置かれていた。それは翔太の幼い頃の記憶を綴った本だった。家族と過ごした日々、友人たちとの笑い声、そして今失われた「現在」の輝きが、ページをめくるたびに鮮やかに蘇る。
「思い出すんだ。君が見失った時間の重みを」
翔太は最後のページを閉じ、深く息を吸い込んだ。すると、時計がカチリと音を立てて動き出し、午後2時1分を指した。外の街では風が吹き始め、電灯が灯り始めた。
振り返った翔太が再び図書館を訪れようとしたとき、扉は消えていた。だが、彼の胸にはあの時計と、失われた時間の重みが刻まれていた。そして、時間が再び動き出した街では、夕暮れのチャイムが鳴り響いていた。それは翔太にとって、日常の尊さを思い出させる音だった。