1
悠斗の手元から、火花が散った。鉄と鉄が赤く溶け、頑丈な継ぎ目となる。目の前の鋼材は、まるで生き物のように形を変えながら、彼の手の中で新たな命を宿していく。
——だが、その命を吹き込む場も、長くは続かないかもしれない。
「聞いたか?社長、資金繰りが厳しいらしいぞ」
「もうダメかもな……次の仕事探すか」
休憩時間に交わされる噂話は、日に日に暗くなっていた。地方のこの工場は、何十年も前から細々と続いてきたが、大手企業の台頭や機械化の波に押され、受注が減っていた。悠斗は、その現実を重く受け止めながらも、ただ黙々と手を動かすしかなかった。
そんなとき、彼女が現れた。
2
美咲——若い女性が作業着を着て、工場の入り口に立っていた。
「えっと……今日からお世話になります、佐伯美咲です!」
社長の紹介によれば、彼女は父親の工場を継ぐために修行しに来たらしい。だが、初日から彼女は散々だった。溶接機の扱いはおぼつかず、火花に驚いて尻餅をつく。鋼材を持ち上げようとしては転び、工具を手にすれば落とす。
「向いてないんじゃないのか……?」
誰かがぼそりと呟いたが、美咲は真っ直ぐな目で悠斗を見つめた。
「教えてください!」
その瞬間、悠斗は自分が新人だった頃を思い出した。最初は不器用で、何度も怒鳴られながら学んだ日々。あの頃の自分と、彼女が重なった。
3
美咲の指導を始めて数週間、少しずつ彼女は上達していった。ぎこちなかった溶接も、今ではそれなりの形になりつつある。
「悠斗さんって、すごく楽しそうに溶接しますよね」
「え?」
「私、最初はただ家業を継がなきゃって思ってたんです。でも悠斗さんを見てたら、鉄を繋ぐことがただの作業じゃなくて、もっと大切なものに思えて……」
悠斗は、その言葉に胸がざわついた。彼はいつから、ただ「仕事」としてしか溶接を見なくなったのだろうか?
かつて、彼には夢があった。ものづくりの世界で、自分にしかできない作品を生み出したいと。けれど、生活のために安定を求め、その想いは心の奥に沈んでいた。
その夜、悠斗は久しぶりにノートを開いた。そこには、昔描いたオリジナルの鉄アートのデザインが残っていた。火花が舞う中で作る鉄の彫刻。それは、心が躍るような世界だった。
4
だが、工場の閉鎖は現実だった。
「来月で工場を畳むことになった……すまん……」
社長が頭を下げた瞬間、皆が静かになった。誰もが覚悟していたが、いざ現実になると重い。悠斗も、どうするべきか分からなかった。
そんな彼に、美咲が言った。
「一緒に作りませんか?」
「……え?」
「私の父の工場で。悠斗さんの作りたいもの、形にしましょう!」
思いもしなかった言葉だった。だが、彼女の真剣な眼差しを見て、心が決まった。
5
数か月後——新たな場所で、悠斗は火花を散らしていた。
「すごい、やっぱり悠斗さんのデザイン、カッコいい!」
美咲の父の工場を借り、二人は新たな挑戦を始めた。溶接の技術を活かし、オリジナルの鉄アートを作る仕事だ。まだ軌道には乗っていないが、一歩を踏み出したことに後悔はなかった。
「火花って、夢のカケラみたいですね」
美咲がぽつりと呟いた。
「ああ——そうかもな」
悠斗はそう言って、再び溶接機のトリガーを引いた。火花が飛び散る。その光は、新しい未来を照らしていた。