空は焼けた鉄のように乾ききり、地面はひび割れた瓦のように崩れていた。干ばつ続きのこの村では、もう何年も雨らしい雨が降っていない。
青年・剛志は、朝から畑に立っていた。クワの先は乾いた赤土に弾かれ、何度掘っても指に粉がまとわりつくだけだった。隣で兄の裕一がぼやく。
「なあ、もう限界だろ。街に出て働こうぜ。こんな土地、もう誰も守ろうとしてない」
剛志は黙ってクワをふるい続けた。彼の中で、この土地は“生まれた場所”ではなく“生きる場所”だった。
二人の祖父・喜作は、この赤土に生涯をかけて作物を育てていた。肥沃とは言えない土地に、独自の方法で少しずつ命を宿していった。剛志は子どもの頃、祖父の背中を追って畑を歩いた。その背中が、今も記憶に焼きついている。
そんな祖父が、亡くなる直前に一冊の古びた手帳を剛志に託した。
「この村には、かつて地下を流れる水脈があった。わしは探しきれなかったが、お前なら、きっと見つけられる」
手帳には、地形と天候、土の状態から水脈を推測した記録がびっしりと書かれていた。
裕一はそれを鼻で笑った。
「今さら地下水? そんなもん掘って見つかるなら、誰も苦労しねぇよ」
だが剛志は信じた。祖父が信じていたものを、自分も信じたかった。
ある晩、剛志は畑の隅で静かにシャベルを手にした。祖父の地図をもとに、夜の闇の中で掘り始めた。何日も、何時間も、硬い赤土を突き崩しながら、体は傷だらけになっていった。
そして七日目の夜明け、シャベルの先がふいに空洞に触れた。
次の瞬間、じわりと冷たい水が滲み出してきた。
剛志は叫んだ。「出た……!」
その声に、眠っていた村人たちが集まってきた。裕一も駆けつけ、ぬかるむ地面に呆然と立ち尽くした。
「……まさか、本当に」
剛志は頷いた。「じいちゃんの地図、間違ってなかった」
そこから村は少しずつ変わっていった。小さな井戸を中心に灌漑のための溝を掘り、作物が再び実をつけ始めた。裕一も町へ行くのをやめ、兄弟で畑に立った。
「なあ、剛志。あのとき、なんであんなに頑張ったんだ?」
剛志は空を見上げて答えた。
「生きるって、食べて、耕して、誰かと何かを残すことだろ。たとえ赤土でも、そこに命を育てられるなら、それが俺にとっての誓いだ」
村の空に、久しぶりの雨が降った。赤土に水が染み込み、蒸気がふわりと立ち上がる。
その中で、剛志は静かに目を閉じた。祖父の手帳は今、村の集会所に飾られている。
赤土の大地に、確かに命が還ってきていた。