オフィスの片隅で静かに揺れるパキラ——その世話を任された新人の悠人は、土の中に隠された“ある秘密”を知ることになります。
誰も気づかない場所で起きた小さな不正と、その裏にある苦しさ。
そして、壊さずに守りたい職場の空気と人間関係。
緑の影に寄り添うような静かなまなざしで、罪と再生の瞬間が描かれる物語です。
落ち着いた気分で読みたい夜や、人との距離を考えたくなるときにぴったりの一編です。
こんなときに読みたい短編です
- 読了目安:7分
- 気分:静かに胸に残る/少し切ないけれど救いがある
- おすすめ:職場の人間関係に悩んでいる人、誰かの弱さにどう向き合うか考えたい人、そっと背中を押す物語を求めている人
あらすじ(ネタバレなし)
入社三ヶ月の悠人は、オフィスのパキラの管理を任されたことをきっかけに、妙な違和感を覚え始めます。
土の掘り返された跡、置き場所の変わったジョウロ、そして噂される経理部の領収書紛失事件。
パキラの根元から見つけた小さなジッパー袋が、職場で起きていた“見えない問題”を示していました。
犯人だと気づいた相手は、優しく接してくれていた先輩・佐伯。
直接責めるのではなく、どうすれば誰も深く傷つかずに済むのか——悠人は静かに彼と向き合う決断をします。
パキラが揺れるオフィスの片隅で、ひとつの秘密がやさしく終わりへ向かっていきます。
本編
オフィスの片隅。
コピー機の横に置かれた背の高いパキラは、いつも静かに葉を揺らしていた。
入社して三ヶ月の俺――新名悠人は、ある日突然「観葉植物の管理担当」を任されることになった。
「新人の仕事ってやつさ。水やり忘れるとすぐ枯れるから気をつけろよ」
先輩の軽口に苦笑しながら、じょうろを手に取った。
だが、その日から妙な違和感があった。
パキラの土が、いつも不自然に掘り返されたような跡を残していたのだ。
水やり用のジョウロの置き場所も微妙に変わっている。
誰かが触っている――そんな気配。
さらに、不穏な噂も流れ始めていた。
経理部で一部の領収書が紛失したらしい。
外部監査が近いため、社内はどこか落ち着かないムードに包まれていた。
翌朝。
俺はまたパキラに水をやりながら、そっと土を指で探った。
すると、爪先に固い感触が当たる。
「……何だ、これ」
小さなジッパー袋。
中には折り畳まれた紙片が入っていた。
そっと広げると、精算済みの領収書のコピーと、金額を改ざんした数字のメモ。
まさか、本当にここに隠してあったのか。
ふと、視線を感じた。
経理部の先輩・佐伯がこちらを見ていた。
彼は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに微笑んだ。
「植物の世話、慣れてきた?」
「はい、まあ……」
俺はとっさにジッパー袋をポケットへ滑り込ませた。
気付いた。
犯人は彼だ。
だが、直接追及すれば彼の人生も、職場の空気も壊れてしまう。
それだけは避けたい――そう思った。
その日の夕方。
俺は佐伯の席へ近づき、小声で話しかけた。
「佐伯さん。パキラの土、掘る時は気をつけた方がいいですよ」
彼の手が止まった。
「植物は見てますから。秘密、全部。」
佐伯はゆっくり椅子から立ち、会議室へ歩き出した。
俺は黙ってついていく。
扉の向こうで、彼は小さく崩れ落ちた。
「……一度だけのつもりだったんだ。家庭の事情が重なって、どうしても。」
「わかります。でも、このままは良くないです。」
「新名君、お願いだ。どうしたらいい?」
俺は静かに答えた。
「正直に話しましょう。今なら、誰にも深い傷を残さずに済みます。」
その夜、佐伯は自ら上司へ報告した。
金額は小さく、誤魔化せる範囲ではあったが、彼は処分を受け、部署異動となった。
噂は最小限で収まり、誰も責めなかった。
数週間後。
久々にパキラの土を触ると、今度は小さなメモが入っていた。
「ありがとう。救われた。」
— 佐伯
俺は葉をそっと撫でた。
パキラは何も言わない。
ただ、窓から差し込む光に揺れていた。
このオフィスの片隅で、今日も誰かの秘密を見守っている。

